── 人ならざる、智慧 ──
「獣」は、人を超えた自然の智慧として、言葉になる前の自己を映す存在である。
旧字「獸」は、「嘼」(畜・しゅう) と「犬」から成り立っています。
「嘼」は、もともと 狩りで使う道具を象形した字。 獣を仕留め、家畜として養うための道具です。「犬」は、人と共に狩りに出る、最も古い同伴者。
獣は、人に 狩られる側 から始まりました。 人より速く、人より強く、人とは違う秩序で生きる存在 ── それを、人は「獣」と呼んだのです。
けれど、東洋では同時に、獣は 人より自然に近い存在 としても、見られてきました。
古代中国の地理博物誌『山海経』には、数百種の異獣が描かれています。 龍、麒麟、鳳凰、九尾の狐 ── これらは、単なる空想動物ではありません。
荘子・列子にも、獣は 人より深い感性を持つ存在 としてしばしば登場します。 胡蝶の夢、井戸の蛙、北冥の鯤 ── 獣を通して、人は人を超えた視野を学ぶ。
日本にも、八岐大蛇、白鹿、神使の狐 ── 神と人の間を媒介する獣が、数えきれぬほど在ります。 獣は、神と人を繋ぐ、もう一つの智慧の担い手 なのです。
Konton の神獣は、占いの「精霊」でも、ファンタジーの「魔物」でもありません。
あなたの中の、人格化される前の、もっと深い動き。 論理が動き出す前の、本能と直観の領域。 これを担う存在として、Konton は「獣」という言葉を選びました。
ですから、神獣は あなた です。 外からあなたを見るのではなく、あなたの中の「考える前に知っている」部分が、姿を取って現れたもの。
獣を尊ぶことは、自分の 言葉にならない部分 を尊ぶこと。 これが、神獣との対話の、本当の意味です。