Konton · 混沌
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コン
まじ-える / まじ-わる
部首:水(氵・さんずい) · 画数:11 画 · 会意兼形声

── 分けられない、全体 ──

── 一行で言えば ──

「混」は、整理されていない状態ではなく、分けることを急がぬ態度として東洋の智慧の根に在る。

── 字源 ──

水が、豊かに流れるさま。

「混」は、後漢の許慎『説文解字』(紀元 100 年頃)にこう記されています ──

混、ゆたかに流るるなり。水に従い、昆の聲。 ── 許慎『説文解字』水部

本義は「豊かに流れる水のさま」。 濁った水、ではありません。多くのものが入り混じり、ひとつひとつを区別できないほど豊かに流れる水 ── これが「混」のもとの姿です。

分けられないことは、欠如ではなく、豊かさだった ── これが、漢字「混」が最初に語っていた事実です。

── 字形 ──

並び立つものが、ひとつになる。

「混」は十一画、会意兼形声文字。
左の「」(さんずい・水) は意味を、右の「」(コン) は音を受け持ちます。

「昆」をさらに分けると、「」と「」。 太陽の下に、二つのものが並び立つ。並び立ったまま、ひとつのものとして見える。

並び立っているのに、ひとつ。
分けることもできるのに、分けない。
この姿を、水の流れに重ねたのが「混」という字です。

── 東洋哲学での意味 ──

分かれる前、すべてが在る。

老子・荘子は、「混」を否定的に用いません。 むしろ、世界が分かれる前の、すべてが在る状態を 「混沌」 と呼びました。

日本の『古事記』冒頭にも、こうあります ──

天地未だ分かれず、陰陽分れざりし時、混沌たること鶏子の如く、溟涬にして牙を含めり。 ── 『古事記』上巻 序

鶏の卵のように、白身と黄身がまだ分かれず、けれども、これからすべてが生まれてくる ── ここでの「混」は、混乱ではなく、未だ分けられぬままの豊かさ です。

東洋では、分けることが智慧の終わりで、混じることが智慧の始まりです。 西洋哲学が「分析(ana-lysis、解き分けること)」を重んじてきたのに対し、 東洋は 分けないで保つ力 を、繰り返し賞でてきました。

── Konton における用法 ──

分けられすぎた時代の、わずかな抵抗。

「Konton」はサービスの名前そのもの。 分けられすぎた現代社会に対する、ささやかな姿勢として、この字を選びました。

「混」は、整理されていないこと、ではありません。 整理を、急がないこと。

神獣との出会いも、御神籤の託宣も、診断ではありません。 あなたの中の「混」── 分けがたい全体性 ── を、そのままに認めるための、小さな器です。

MBTI のようにあなたを「16 型のどれか」に分けることはしません。 星座占いのように「12 のどれか」に当てはめることもしません。 Konton は、あなたが あなたのままで、ひとつであること を、信じます。

字源・字形の典拠:許慎『説文解字』他、白川静『字統』『字通』。
引用の現代日本語訳と解釈は Konton 制作。
参照:Konton 典拠ページ